日本のユース世代の問題点
こんな記事がある。
「国体はどこへ行くのか」
筆者は、日本のアンダー世代の第1人者と言われる、ひしゃくの管理人である。
まず、知らない人のために、少しおさらいをしておこう。
日本で言われる、いわゆる「高校生年代」と呼ばれる年代には、大きく分けて、2つの組織がある。
一つはご存知、「部活」と呼ばれる、単一の高校によるものだ。
そして、サッカーにはもう一つの分類である、「ユース」が存在する。
部活に関しては他のスポーツと変わりなく、高校の顧問による指導が主である。
一方のユースは、プロの指導者が、プロの施設でする、Jリーグの下部組織である。
ユースの選手は、在学中の高校にサッカー部があっても、同時に加盟することはできないのである。
だが、ユースには、Jリーグに出場するチャンスも多くなるというメリットもある。(部活の選手にも、「特別強化指定」という制度は存在するが)
それではその二つの組織の大会を見ていくと、
部活に関しては、有名な「冬の選手権」こと、「全国高校サッカー選手権」が存在する。
これはいわば、サッカーの甲子園とも言うべき存在で、ほとんどの部活をするサッカー選手が、一度は憧れる舞台である。
その他、夏のインターハイや、秋の全日本ユースといった大会が存在するが、選手権の存在価値は別格と言ってもイイであろう。
一方のユース選手は、日本クラブユース選手権がメインで、その他、高校と対戦する機会がある、全日本ユースと言った2大会が主であろう。
そして、近年では「プリンスリーグ」と呼ばれる、リーグ戦による大会が実施されてはいるが、色々と問題も多い。
全日本ユースは、高校の部活と、Jクラブのユースが、公式戦で戦える数少ない場であるが、高校の部活の最高峰である、選手権を間近に控えた大事な時期だけに、ココでチーム作りをピークへ持ってきてしまうと、選手権でピークが過ぎてしまう。
だがユースの方は、逆にモチベーションが高く、ほとんど日の目(TV中継)に当たらないから、高校チームに、一泡吹かせようという意気込みでやってくる。
さて、ココでもう一つ大会があるのも触れておきたい。
それが、今回のメインである、「国体」である。
これは、『「高校生年代」による、各都道府県の選抜チーム』による戦いである。
分かりやすく言うと、その高校の所在地、ユースの所在地による、優秀な選手のみを集めたチームができる大会なのである。
だが、これって実は変じゃない?
たしかに、「高校生年代」の選抜チームってスゴイんだけど、一方で全ての都道府県が出れるわけでもないし、この時期に開催する意味も見当たらない。
上のリンクにもあるように、国体に年齢制限を設け、U-17やU-16の大会にすればという話もある。
それでも、変わらないものは、変わらないと思う。
先日U-17(1年前だから実質U-16)が、アジアユースで敗退した。JFAは満を持して、高校サッカー界の大物指導者である、市船の布啓一郎を起用し、ホーム日本で開催したにもかかわらずだ。
サカマガは、これを教育制度(6-3-3制)の問題としているが、U-17の年代は、ちょうど受験による谷間を作ると言われてきたが、「スポーツ推薦」や「ユース所属」の選手が大半なのに、それが当てはまるであろうか?
誤解を招きそうなので説明しておくと、「スポーツ推薦」は、今やほとんどの高校で行われていると思われる。特待生なんていう言葉もあるが、良くも悪くも、勉強だけの受験と違い、若干勉強はおろそかにできるということである。
そして、ユース所属の選手は、自分で好きな環境を選ぶことができる。サッカーに専念したいのならば、サッカーでは無名の高校や、通信制の高校に入るのも一つの手である。
要するにココで言いたいのは、教育制度(6-3-3)制による問題ではなく(どんな教育制度になろうと、1年生は冷遇されるんだから)、1シーズンを1学年で終えさせようという、日本的な考え方なのではなかろうか?
U-17やU-16の選手に経験を積ませたいのならば、高校の部活にしろ、ユースにしろ、高校1年生がいきなりトップチームのレギュラーになることは、極稀である。
15歳や16歳でJリーグの試合に出てくる選手は、「超」がつくほどの逸材である。
だったら、高校1年~高校2年の夏までを、一つのシーズンとしての育成をやるのは、どうだろうか?
部活だったら、夏以降、選手権へ向けてチーム作りを徹底する時期だし、ユースの選手もトップへ昇格できるチャンスが巡ってくる時期である。
世界的に見ても、U-23、U-20、U-17と世界選手権は、どちらにせよ谷間ができやすい。だったら、2学年を一つのチームとする考え方もありだと思う。
部活やユースにしろ、「代表で選手が抜ける」のは、少なからずダメージがある。
さて、メインであるハズの「国体」に話を戻すとする。
選抜チームをつくることによって、見る側にはメリットがあるが、それ以外の人間にメリットはあるのだろうか?
もしあるとすれば、指導者が違う場合があるので、その指導がプラスになるかもしれない。
だが、それを「高校生年代」で選抜チームを形成し、大会を開くことにメリットを感じない。
だったら、「中学生年代」で選抜チームを形成すれば、高校やユースの関係者の目につきやすくなるというメリットも発生する。
記事では、大学やJ関係者・・・という似たような感じを受けているが、大学やJクラブには、見るべき大会が存在し、スカウト活動も活発である(むしろ、足で稼げ)。だが、高校となると、一部の有名高校以外、積極的にスカウト活動をやっているところは少ない(と思う・・・)。
選手を育成する立場と、代表で勝たないといけない立場で戦った布監督。
万全の協会のサポートだったにも関わらず、日本は勝てなかった。
勝つことへの執念が見られなかったのではないか。(少なくても、勝つことへの意識が他の国より劣っていた)
市船で試合に出れない選手のために、ヴィヴァイオ船橋というクラブチームを作った実績がある布監督。
彼はこの問題を、最終的にどうリポートするのであろうか。楽しみである。
リーグ戦で戦うことの大切や、選手の経験不足を補うために発足した、「プリンスリーグ」。
だが、これこそ、U-16や、U-17の冠をつけて戦うべきものなのかもしれない。
今回のU-17日本代表に欠けていたのは、「戦いの経験」でなく、「戦う意識」だったのかもしれない。
よく言われるが、「リーグ戦では戦う場が得られる(トーナメントだと1回戦敗退と、決勝進出だと試合数に差が生まれる)」
だが、「リーグ戦での戦い方」も非常に大切だが、「負けることへの恐れ」も大切だと思う。
「負けることへの恐れ、1試合1試合の大事さ」つまり、敗退したら終わりというトーナメント意識に繋がる。
日本に兵役の義務がない以上、これを育むのは、「トーナメント戦だけ」となる。
先ほどの定義である、高校1年~高校2年夏までを1シーズンと考え育成すれば、その1シーズンで試合の経験を積ませるリーグ戦を多用し、残りの高校生活で、トーナメントが多発する大会に挑み、「負けることへの恐れ、1試合1試合の大事さ」
イラクや北朝鮮よりも、はるかに良い環境でサッカーができる日本。
だが一番欠いているのは、「負けることへの恐れ、1試合1試合の大事さ」なのかもしれない。
そこを育成することができれば、教育制度への問題点なんぞ無くなるハズである。
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